國盛 どぶろく 純米造り 微発泡 300ml [変わった酒]
中埜酒造株式会社
愛知県半田市東本町2丁目24番地
内容量300ml
原材料名 米(国産)、米こうじ(国産米)
アルコール分9度
(以上、包装フィルムより転記)
今日は清酒ではなく、“どぶろく(濁酒)”をいただきますよ。
しかもこのどぶろく、微発泡なんだってさ。
どぶろくって、いったいどんなお酒なのでしょうか?
あたしゃまったく知らなかったので、いろいろと調べてみましたよ。
その結果を、以下に報告させていただきます。
いささか冗長ではございますが、どうかお付き合いくださいませ。
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1.どぶろくとは何か
そもそも、どぶろくとはいったいどのようなものなのでしょうか?
文献によれば「どぶろくとは、古くからある濁り酒の異称である。民間での密造酒を指す場合も少なくなかった。(中略)文字通り、もろみ(醪)を漉し取らない濁った酒という意味である。」(※1)とありました。
また酒税法上は“その他の醸造酒”(穀類、糖類その他の物品を原料として発酵させた酒類(第七号から前号までに掲げる酒類その他政令で定めるものを除く。)でアルコール分が二十度未満のもの(エキス分が二度以上のものに限る。))(同法3条19号)に該当し、かつては“濁酒”、あるいは“その他の雑酒”という名称が用いられていたこともあったようでした。
一方で、清酒の定義をは以下の通りです(※2)
イ 米、米こうじ及び水を原料として発酵させて、こしたもの
ロ 米、水及び清酒かす、米こうじその他政令で定める物品を原料として発酵させて、こしたもの(イ又はハに該当するものを除く。)。但し、その原料中当該政令で定める物品の重量の合計が米(こうじ米を含む。)の重量をこえないものに限る。
ハ 清酒に清酒かすを加えて、こしたもの
ということは、どぶろくと清酒とのちがいは、
“漉すこと=濾過”の有無
にあるのでしょう。
なお、いわゆるにごり酒については、「清酒もろみの中の蒸米や,こうじの粒を細かく砕いて目の粗い布などでこすと白く濁った清酒ができる.形状はいわゆる濁酒に似ており,(中略)加熱殺菌したものをにごり酒と称している場合もある.」(※3)という記述にあるとおり、粗ごしではあるものの“こす”という工程を必ず経ているのでしょう。
2.なぜ造られてきたのか
そもそもどぶろくは酒造業者によって造られるものではなく、
家庭で自家用として製造されるもの
だったそうです。
このことについては、下記の記述が参考になります。
「 農村では、昔から必要な物は自分でつくるという自給自足が基本で、つつましく暮らしてきました。食料として必要な穀物はもちろん野菜、果物、味噌、漬物、居間・寝室に敷くムシロ、雨具、衣類だって機(はた)で女たちが織りました。たいがいの物がお金で買える時代になっても、倹約して、できるだけ自給自足で生活してきたのです。
貧しい家計をさいて酒を買うことができないから、酒も自給自足、農民はどぶろくを造って飲んでいたのです。」(※4)
しかも自家製造は、単に倹約のためという消極的な理由だけではなかったのです、
農家にとって「この頃濁酒は単なる嗜好品ではなく、生活や日々の仕事に不可欠な「食料」と認識されていた。」(※5)とあるとおり、
重要な栄養補給源
であったのだとか。
その意味については、以下の記述が参考になると思います。
「濁酒は発酵の進んでいない酸の強い荒い酒ではあるが、農作業をこなすのに必要な栄養分を吸収するのに有効な酒とされていた。(中略)平野部の農作業よりもハードな作業が要求される山仕事をこなし、一日の温度差も激しい山間部の人々にとっては、濁酒が日常生活を送る上で、より不可欠なものであることが数字上でも示されているのである。」(※6)
「 自家醸造のどぶろくは、貧しい農家にとっては、なくてはならない暮らしの必需品でした。冠婚葬祭に必要なばかりでなく、どぶろくを飲めば食う飯の量が減ると、農家ではいっていたものです。いまでも「どぶろくの晩酌をやると飯を食べなくてもよかった。どぶろくを飲みつけているものは、清酒なんて物足りなかった。力仕事をするものには、どぶろくはいい酒だったよ」と懐かしがっていう人もいます。」(※7)
中には、「「昼飯でどぶろくを飲んで、ご機嫌で鼻歌なんか歌いながら田に出ている人もあった。昔の田仕事は重労働だったけど、どぶろくを飲むと疲れがとれたもんだ。」(※8)などといった記述もみつかりましたよ。
飲みながら仕事だなんて、なんともうらやましいかぎりです罠。
さらにそのどぶろくは、酒造りの素人である農家でも簡単に造ることができたみたいです。
これについては、下記の記述が参考になると思います。
「 秋田県の農村では、昔から自分の家で味噌を造る家がたくさんありました。貧しい農家でも、二、三年分ぐらいの味噌を樽で仕込み、飢饉に見舞われても味噌があれば何とかしのげるといわれたものです。
味噌造りに必要なのは、大豆と米麹。畑地の少ない県内では大豆があまりとれないために米麹を大目に使ったから、麹屋がどこの村にもありました。どぶろく造りに必要な麹が、どこでもたやすく入手できたということです。
麹屋は麹を買う客の住所、氏名、用途を聞いて記録することになっていて、(中略)「酒調べ」の税務署員は、麹屋に寄って、大量に買い込んだ家を調べて踏み込んだりしたものです。
そのためどぶろくの仕込みに必要な麹まで、自分の家で造る人もいました。無許可で麹を造ることも密造でしたが。
どぶろくを造る人は、家庭の必需品である味噌を造るような感覚で仕込みをやっていたのです。」(※9)
3.どぶろく製造の原則禁止
魏志倭人伝に倭人は「人性酒ヲ嗜ム」とあることから察するに、わが国においてどぶろくを自家醸造する伝統は、おそらく古代、中世、近世、近代と続いてきたのでしょう。
ところが、明治「32年(1899)1月以降は、濁酒・焼酎も自家用酒としての醸造は禁止され、販売用でない酒は全て密造酒とされ、処罰(罰金・投獄)の対象となった」(※10)とあるとおり、明治時代後期になって、これが禁止されてしまったのでした。
明治27(1894)には日清戦争が起こり、政府には軍事費を賄う必要が切迫していたのでした。
また、「明治時代は産業があまり発達していないこともあって、税収全体のなかで酒税の占める割合はかなり大きかったのです。明治三三年でみると約三分の一を占めています。軍事力増強のために酒税がつり上げられ、密造の摘発が厳しくなったわけです。」(※11)とあるとおり、政府にとって酒税の増収は国家の財政を潤すことに直結したのでした。
察するに、政府は農民によるどぶろくの自家醸造までも一切禁止して、“酒は買うものだ”という観念を国民に植え付けようとしたのではないでしょうか。
一方、現代では、税収全体に占める酒税の割合は2-3%程度に過ぎません。
それにもかかわらず、どぶろくの自家醸造を禁止する制度は、今日においても連綿として継続されているのです。
もっとも今日においては“どぶろく特区”なる制度、すなわち「小泉純一郎首相の肝いりによって、二〇〇二年の構造改革で誕生した新しいシステムで、それまで豊穣祈願など宗教行事にかぎってゆるされていたドブロク製造を、地域振興の観点から特定の地域に拡大しようというこころみ」(※12)があって、それに基づいて各地でどぶろくの製造が再開されている例も散見されます。
しかし、どぶろく特区が創設されたからといって、その域内では誰もがどぶろくを自由に造ることができるわけではないのです。
どぶろくを含むあらゆるお酒の酒造免許には、「最低製造数量(1年間に最低限作らなければならない製造量)を満たす」(※13)ことが要件として定められています。
そしてどぶろくに関しては、「最低製造数量はお酒の酒類によって定められており,どぶろく(酒税法上は「その他の醸造酒(2)」)は年間6,000klと定められている.どぶろく特区はこの最低数量が外されただけで,税率や納税方法,各種手続きなどは酒造会社と変わら」(※13)ないとされているのです。
すなわち、明治の禁令から120年以上も経過した今でも、我々日本国民は、たとえ自分で飲むためであってもどぶろくを製造することは許されていないのです。
4.どぶろくの味
では、その“どぶろく”は、いったいどのような味がしたのでしょうか。
この点について、文献には以下のような記述がありました。
「 清酒のアルコール分は一五度から一六度、これに対してどぶろくは八度前後と飲みやすいので、寄り合いなどでも女も一緒に飲めたから、親睦には効果があったという人が多くいます。」(※14)
「 さわやかな酸味と白濁のとろみ、そしてほどよい甘さ。それらが絶妙にミックスされたドブロクはのみやすく、左党ならずともグッとくる。」(※15)
(おしまい)
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これらのことを踏まえた上で、今日いただくこのどぶろくについて触れてみます。
もちろんこのどぶろくは密造酒ではなく、「酒造会社が正規の手順をふんでつくりあげた、いわばメーカー製ドブロクともいうべき存在」(※16)です。
しかも造っていたのは、中国酒(尾州知多半島=江戸と上方との中間で造られた酒)の流れを汲む尾張半田の國盛(中埜酒造)さんでした。
それではいただいてみたいと思います。
冷蔵庫で冷やして飲めと書いてありますので、仰せの通りにいたします。
色は白色です。
それに見た目にはとろみを感じません。
(注いだ様子を撮影することを忘れてしまいました。)
でも注ぐと、ヨーグルトのような香りがフワッと立ってまいりました。
含むと、軽いシュワシュワ感とともに、ヨーグルトのような風味そのものが口の中に広がりましたよ。
口当たりでもとろみはなく、米の粒もなければ滓のざらつきもいっさいなく、かなりさらっとしております。
うまみはやや濃いめ。
米のうまみでしょうけれど、ヨーグルトのような風味に負けておりますね。
熟成感や酒臭さはゼロ。
軽い苦みをかすかに感じます。
酸味ははっきり。
これもヨーグルトのようなすっぱさを感じますが、角はありません。
スースー感はなく、ピリピリ感もありません。
甘みはややはっきりかな。
べとついた感じはまったくなく、かなりさらっとしております。
幅も感じません。
爽快ちょいシュワ旨やや甘口のおいしいどぶろくでした。
ヨーグルトのような風味とちょいシュワとで、とても爽やかでした。
その反面、米のうまみは負けているように感じました。
甘みはありましたが、しつこさはまったく感じませんでした。
また軽い苦みがかすかにあって、いい感じに引き締めておりました。
これはまさに、
“ヨーグルト風味の飲み物(アルコール含有)”
でしょうよ。
度数が低いせいかもしれませんが、ものすごく飲みやすいわ!
アルコールの香りゼロ、酒臭さゼロで、スイスイと行けてしまいましたよ。
ただ、私としては米の粒が入っていることを期待していただけに、それがなかったことが残念でした。
こしていないはずのどぶろくでこんなにさらっとしているということは、もしかしたら米を挽いて粉にしてから仕込んでいるのでしょうか?
これを契機として、今後はどぶろくにも手を出してみたいと思います。
次はぜひとも、米の粒を感じられるどぶろくに出会いたいものです。
そのどぶろくに合わせた今日のエサはこちら。
“ゆで干し大根”。
先日、山形へ行った際に買ってきたのでした。
作り方が書いてありました。
だしを使わずに、もどし汁で炒め煮にするんだってさ。
“5倍に増えるぞ!”と脅かされましたので、
今日は半分だけ使いました。
もどしてみました。
5倍は言い過ぎで、どうみても1.5倍程度だろ!
もどし汁はとっておきました。
ゆで干し大根のほかに、にんじん、しいたけ、油揚げも入れました。
山形の素材ですから、“味マルジュウ”で味付け。
山形県民の皆さまが愛してやまないだし醤油です。
こんなん出ましたけど!(泉アツノさんより)
大根を干したことでうまみが蓄積されているのね。
そのうまみが出たもどし汁で煮ているので、けっして物足りなくはありませんよ。
むしろ素朴な味に仕上がっておいしゅうございますね。
あたしゃ子供の頃にばあちゃんの家で“たくあんの煮物”を食べたことがあったのですが、その味を思い出しましたよ。
このほかに、九条ねぎと笹かまとのぬたもいただきまして、
ごちそうさまでした。
(※1)小泉武夫監修『日本酒百味百題』p.186(2000.4 柴田書店)
(※2)酒税法3条3号イロハ
(※3)灘酒研究会編『改訂 灘の酒 用語集』p.253(1997.10 灘酒研究会)
(※4)無明舎出版編『どぶろく王国』p.22-23(2006.5 無明舎出版)
(※5)安藤優一郎『日本酒文化における濁酒醸造の歴史-清酒との比較から-』p.72(食生活科学・文化及び地球環境科学に関する研究助成研究紀要 16巻 2000年度 p.65-72 アサヒビール学術振興財団)
(※6)(※5)p.69
(※7)(※4)p.37
(※8)(※4)p.41
(※9)(※4)p.45-46
(※10)(※5)p.71
(※11)(※4)p.31
(※12)斉藤光政『受け継がれるドブロクの記憶』p.23(季刊民族学 41巻1号 p.22-24 2017 千里文化財団)
(※13)吉川修司『構造改革特別区域制度を活用したどぶろくの製造』p.504(生物工学会誌 89巻8号 p.504-505 2011.8 日本生物工学会
(※14)(※4)p.49
(※15)(※12)p.22
(※16)(※12)p.24
切り干し大根の輪切り版、って所でしょうか。
出汁が効いてて美味しそうですね^^
by タンタン (2020-04-19 09:08)
タンタンさん、切り干し大根は生のまま干しているみたいですが、こちらはいったん茹でてから干しているみたいでした。
それ故に、きっと輪切りでもやわらかくいただけるのでしょう。
出汁は、かつおやこんぶを使わなくても、乾物のだしをしっかりと感じることができました。
by skekhtehuacso (2020-04-19 19:40)
いいですなぁ濁り酒。
ちょっと飲みたい気分です。
by あとりえSAKANA (2020-04-21 07:57)
あとりえSAKANAさん、にごり酒とちゃいまっせ!
どぶろく(濁酒:だくしゅ)でっせ!
by skekhtehuacso (2020-04-21 21:07)