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【お酒】1082.三諸杉(みむろすぎ) 菩提酛 純米酒 300ml [29.奈良県の酒]

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今西酒造株式会社
奈良県桜井市大字三輪510

■原材料名/米(国産)・米こうじ(国産米)
■アルコール度/16度
精米歩合の表示なし
内容量 300ml
(以上、ラベルより転記)




大神神社のお膝元に蔵を置く今西酒造さんのお酒は、かつて三諸杉(みむろすぎ)のカップ酒(普通酒)をいただいております。
今日いただくこのお酒は、“菩提酛(ぼだいもと)”を使用して造られた純米酒なのだとか。
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精米歩合が表示されておりませんでした(蔵元さんのWebsiteでは70%と紹介されておりました)。
純米酒には精米歩合の制限はありませんが、それを表示する必要はありますので(※1)、これはルール違反でしょう。


細かいことを指摘するのはこのくらいにして、本題に入ります。

菩提酛とは、「室町時代中期に、奈良市の郊外にある菩提山正暦寺において創製された酒母で、現在普及している速醸酛や生酛系酒母の原型であると考えられている。」とのこと(※2)。
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“酒母(しゅぼ)”すなわち“酛(もと)”の意味についてはかつてこちらで触れておりますが、要するに、酵母の培養液のことです。
日本のお酒は、麹が出す糖化酵素が米のデンプンを糖に変え、その糖を酵母がアルコールに変えることで造られます。
この酒母(酛)と、麹、蒸米(掛米)、そして水をタンクの中へ仕込み、上記2つの変化を同時に進行させて(並行複発酵)お酒を造るのですが、その発酵を一気に進めるためにあらかじめ酵母を培養しておくのです。

そしてこの菩提酛こそが、今日において一般的に採用されている酒母の製造方法(速醸酛や生酛、山廃酛など)の原型と言えるのだそうです。


菩提酛には、「①清酒製造は通常冬場に行われているが、菩提酛は温暖な環境で製造される。」ことと共に、「②清酒の酒母の原料米はすべて蒸してから使用されているが、菩提酛では生米を使用し、そこに少量の飯米を加えて乳酸発酵を行う。この乳酸発酵酸性液を「そやし水」と呼び、この水を仕込み水として利用している。」(※2)という点に、今日における酒母製造過程とのちがいがあるそうです。

すなわち、菩提酛を製造する工程は、
Ⅰ:“そやし水”を作る工程、すなわち生米と蒸米とを水につけて乳酸菌を育て、乳酸発酵によって酸性になった水を作り出す工程と、
Ⅱ:そのそやし水を仕込水として用いて、酵母を培養する工程
との2工程に分かれているのです。 


これって要するに、現代において広く用いられている速醸酛と同じ原理ですね。

速醸酛は、乳酸発酵の過程を省略して酵母の育成に必要となる乳酸を添加し、酵母が育ちやすい環境を整えておく培養方法です。
明治四二年、江田鎌治郎氏は、生酛づくりの要諦はすっぱくなることであることを見いだし、仕込みのときに乳酸を加え、さらに酵母も同時に加えて、酒母の速成を考案した。これを速醸酛と称した。」(※3)という文献の記述にあるとおり、この速醸酛は江戸時代からずっと続いてきた乳酸発酵を伴う生酛の造りを簡略化した手法であるとあたしゃずっと思っておりました。
しかし、どうやら中世における酒造りでは、速醸酛と同じことをやっていたようですね。

ただし、「この酒母造りは乳酸発酵をさせるという点では生酛系酒母の原型ともいえるし、乳酸を含む水を仕込水として使う点では速醸酒母の原型ともいえよう。」(※4)という記述もあったことから、どうやらこの点が、菩提酛をもって速醸酛のみならず生酛系酒母の原型でもあると評する所以のようです。


その菩提酛ですが、「明治になって乳酸を使用する技術が考案され、酒母の製造操作が容易、且つ安全、しかも短期間に製造できる速醸酛が開発され、この酒母が全国に普及したことにより菩提酛は大正時代に姿を消したとされていた。」(※5)そうです。
乳酸発酵を酛造りの工程から切り離して、その代わりに工業的に作り出した乳酸を使用するようになったわけですね。

しかしその後、「 最近になって筆者らは、この幻の酒母が、奈良県内の或る酒造場で昭和の初期から連綿と、御神酒用濁酒(総米1トン)の製造に育成され利用され続けていることを知り実態調査を行った。」(※5)結果、この濁酒の醸造過程において「酒母育成に際しては、酒蔵に住み着いている野生化した酵母と乳酸菌を利用する古典的な手法が使われており、「御酒之日記」や「童蒙酒造記」に記載されている菩提酛製造法の原形をよく保っていることが確認された。」(※6)とのこと。

そして「 この幻となっていた菩提酛を用いた清酒(菩提酛清酒)を再現、復活させるため、1996年に奈良県内の酒造会社有志・正暦寺・奈良県工業技術センターをメンバーとして「奈良県菩提酛による清酒製造研究会」が立ち上げられた。また、関係機関・関係者の協力を受けながら活動を続け、1998年に菩提酛清酒を再現、復活することができて、現在商品化している。」(※2)そうです。

この菩提酛を使用したお酒については、「まず菩提酛という酒母を正暦寺が生産し、それを参加酒造メーカーが買い取り、それぞれの米、水、麹を使ってそれぞれ独自の最終製品として仕上げてゆくというのが奈良菩提研が考えた全体的な生産システムである。」(※7)との記述が示すとおり、(各蔵元さんで独自に菩提酛を造るわけではなくて)正暦寺で造られた菩提酛を使って奈良県内にある複数の蔵元さんで醸造されたお酒が各種販売されているようです。


今回入手した文献には、菩提酛復元の理念やその苦労、それになぜ正暦寺が菩提酛を造って各蔵元へ頒布しているのかといったことが紹介されておりました。
しかし、これらをここで紹介するとものすごく冗長になってしまいそうですので、次回、他の蔵元さんが造った菩提酛使用酒を入手した際のネタとしてとっておくことにいたします。
どうせまとめるのがめんどくさくなったんだろ!


それでは、その菩提酛を使用して造られた今西酒造さんの純米酒をいただきます。

菩提酛を使用したお酒の味については、「乳酸菌が菩提酛の特徴をかもし出します。甘酸っぱい酸味が、最後まで酒の風味として残るのです。」(※8)と評する記述が文献にありました。
そこで、燗にすることで酸味が際立って飲みにくくなってしまうことを警戒し、まずは冷や(常温)でいただいてみたいと思います。

お酒の色は、黄色がけっこうはっきりしておりました。
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香りはとくに感じませんでした。

うまみはやや濃いめです。
醸し出された酒臭い(←ほめ言葉です)うまみが豊かです。
それに、香ばしさを少し感じます。
それでいて、苦みや雑味はありません。
しかもキレがよく、クドさはありません。

酸味はやっぱりはっきりしています。
すっぱさを感じるものの、鋭さはそれほどでもないですね。
むしろ酸味自体に深みを感じます。
刺激やピリピリ感はありません。

甘みはややはっきりしています。
さらっとした甘みをやや強めに感じますが、酸味に隠れているみたいです。


深みのある酸味が豊かな、やや濃醇で旨やや甘口のおいしいお酒でした。
そやしの工程で造られた乳酸の影響ですっぱいのかと思ったのですが、むしろ深みのある酸味を感じました。
たくさんは飲めないかもしれませんが、味わい深くておいしいお酒でしたよ。
酒ってのは、ふつうはそんなにたくさん飲まないものなんだよ!




ここで、燗にしてみましたよ。
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燗にすると、お酒の甘い香りがフワッと漂ってまいりました。
また、酸味に鋭さが少し出て、うまみよりも目立ってきたようです。
そのせいか、口当たりが少しスッキリしたように感じました。
燗にすると雑味が出るのではないかと懸念しておりましたが、それは杞憂でした。

酸味をよりはっきりと味わいたいならば燗で、味のバランスを愉しみたければ冷や(常温)で、といったところでしょうか?


(※1)清酒の製法品質表示基準(平成元年国税庁告示第8号)3(1)
(※2)松澤一幸『菩提酛のメカニズムと微生物の遷移』p.473(生物工学会誌 89巻8号 p.473-477 2011 日本生物工学会)
(※3)秋山裕一『日本酒』p.68(1994.4 岩波新書)
(※4)『最新酒造講本』p.106(1996)((※7)p.6に掲載されていた引用を再引用)
(※5)松澤一幸・山中信介・坂井拓夫・寺下隆夫『菩提酛を用いた濁酒製造過程における成分の経時変化と微生物の消長』p.734-735(日本醸造協会誌 97巻10号 p.734-740 2002.10)
(※6)(※5)p.735-736
(※7)住原則也『清酒のルーツ、菩提酛(ぼだいもと)の復元-奈良の「産」「官」「宗」連携プロジェクトの記録-』p.22(アゴラ(天理大学地域文化研究センター紀要) 第4号 p.1-27 2006)
(※8)山田二良『奈良の銘酒』p.116(2011.2 京阪奈情報教育出版)
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あ~酒臭かった! 46

酒くさコメント 6

hanamura

「滝平二郎」さんかなぁ~?ラベルに多い気がします。
by hanamura (2017-01-22 14:38) 

ときどき

菩提酛は生酛の原型と思っていましたが、
乳酸の順番から考えると速醸酛の原型と
言えるのですね。勉強になりました。
ありがとうございます。
機会があればまた菩提酛のお酒を試してみたいと
思います。

by ときどき (2017-01-22 17:22) 

skekhtehuacso

hanamuraさん、かつてこのブログで紹介した八木節のカップ酒のラベルを書いていた方ですね。
by skekhtehuacso (2017-01-22 20:36) 

skekhtehuacso

ときどきさん、私も意外でしたが、あらかじめ乳酸を含んだ仕込水を準備しておくというのは、まさに速醸酛とおなじ発想ですね。
私も、奈良へ行って菩提酛を使ったお酒を探してみたいと思います。
by skekhtehuacso (2017-01-22 20:39) 

エクスプロイダー

菩提もとの酒は中々売ってないから呑んだ事は無いですね。
by エクスプロイダー (2017-01-22 20:56) 

skekhtehuacso

エクスプロイダーさん、菩提酛の頒布先が奈良県内の蔵元に限られているようです。
それに、そもそも奈良の酒はあまり広くは出回っていないみたいです。
それ故、菩提酛を使ったお酒を入手したければ、奈良か、あるいは少なくとも関西圏へ行く必要があるのではないでしょうか。
by skekhtehuacso (2017-01-22 22:44) 

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