【お酒】2264.宝蔵寺 伊藤若冲 「桝源」 髑髏図 純米酒 180ml [26.京都府の酒]
●製造者 株式会社増田徳兵衛商店
京都市伏見区下鳥羽長田135
●名称;日本酒
●原材料名;米(国産)・米麹(国産米)
●精米歩合:60%
●アルコール分:15度
●内容量:180ml
(以上、ラベルより転記)
銘醸地“京都伏見”に蔵を置き、“月の桂”の手印でお酒を製造販売していらっしゃる増田徳兵衛商店さん。
そのお酒は、以下の物をいただいておりました。
【お酒】223.月の桂 純米酒 180ml
今日いただくこのお酒は、京都の錦市場にある津之喜酒舗さんで入手しました。
“桝源”だってさ。
“桝源”とは、伊藤若冲の生家であった青物問屋の“通称”だったようです。
伊藤若冲は、18世紀(江戸時代中期)に活躍した絵師。
そしてその桝源は、このお酒が販売されていた“錦市場”(錦小路通に現存する市場)にあったとのこと。
文献には、以下の記載がありました。
「 伊藤若冲は正徳六年二月八日(西暦一七一六年三月一日)、京都市中、高倉錦小路の青物問屋「桝源」の長男として生まれた。この年は、六月二日に尾形光琳が亡くなり、同月二十二日に享保の年号に改元、紀州藩主徳川吉宗が八代将軍に就任していわゆる享保の改革をすすめることとなる。
(中略)
生家の伊藤家は、老舗の問屋としての生業のほかに、地代や家賃などの不動産収入にも恵まれて、生活にはかなりの余裕があった。
元文三年(一七三八)、数え年(以下年齢は数えで表記)二十三歳の時に父を失い、当主の名前と「桝源」の家業とを継ぐことになる。四代目の伊藤源左衛門となった。それからの十七年を商家の主として務めを果たさなければならなかったが、一方で趣味としての絵画に傾倒を深めていき、四十歳という初老に達した宝暦五年(一七五五)、次の弟の宗厳に家を譲って隠居する。」(※1)
一方で、「若冲は京都・錦小路の青物問屋「桝屋」の長男」(※2)と記載がありました。
どうやら若冲の実家たる青物問屋の正式な名称は「桝屋」で、その当主が代々伊藤源左衛門を名乗っていたことから、「桝源」と称されていた(通称)みたいですね。
瓶には、“髑髏図”(どくろず)が描かれておりました。
この“髑髏図”は若冲作の拓版画で、錦市場からほど近い宝蔵寺(京都市中京区裏寺町通蛸薬師上ル裏寺町587番地:浄土宗西山深草派)に保管されているのだとか。
その宝蔵寺には、伊藤家累代の墓があるのだそうです。
でも、若冲の墓は、別のところ(石峰寺)にあるんだってさ。
品質表示はこちら。
二行目の「一霊皮袋 皮袋一霊 古人之語 八十六翁 高遊外」は、高遊外(売茶翁)という86歳の爺さん(元坊主)が書いた画讃(画面に書き加えた詩や句)なんだってさ。
この画讃について解説している動画がありましたので、貼り付けておきました。
音量にご注意ください。(そこは調べていないのかよ!)
それではいただきましょう。
ますはひや(常温)でいただきます。
お酒の色は、無色透明でした。
上立ち香は、鼻を近づけるとごくかすかにフルーティー?
でも含むと消えて、むしろフレッシュさを少しだけ感じます。
うまみはやや濃いめでしょう。
米のうまみに厚みを少し感じます。
軽い苦みを少し感じます。
熟成感なし、酒臭さも感じません。
キレはまあまあかな。
酸味はややひかえめ。
すっぱさはかなり弱め。
でもけっこうなピリピリ。
スーはなし。
甘みはひかえめ。
ほとんど感じません。
やや濃醇でちょい苦ピリピリ旨辛口のお酒でした。
米のうまみに厚みを感じ、飲み応えがありました。
でも、このピリピリはちょっとねぇ。
それにピリピリのせいで苦みも増幅されているように感じました。
次に、燗で試してみました。
香りが変わった。
酒臭さ(ほめ言葉です)をかすかに感じるようになりました。
うまみはやや淡めに変わったよ!
米のうまみをふんわりと感じますが、どっしり感が消えました。
香りに反して、味では酒臭さを感じません。
それどころか、セメダイン臭がちょっとだけ出るみたい。
酸味も出る。
強くはないもののけっこう鋭い。
それにちょいピリ。
依然として辛口。
でもキレがよくなって、けっこうスッキリ。
燗にすると、やや淡麗でちょい苦ちょいすっぱスースーピリピリすっピリ旨辛口のお酒になりました。
燗にすることで、米のうまみから厚みが引いてキレがよくなったせいか、やや淡麗に感じるようになりました。
一方でスース―に加えて、ちょいピリでかつセメダイン臭が出たことで、ケミカルかつ荒々しくなったようでした。
それゆえに、飲みにくさを感じてしまいました。
これは、たしかに頭蓋骨に響くような味わいですわ。
その桝源髑髏図と合わせた今日のエサはこちら。
そろそろトマトケチャップを使い切りたかったので、
玉ねぎ、
キャベツ、
豚もも肉を使い、
ケチャップの他に調味料は、バター、こしょう、にんにく、そして、
右端は愛知県の赤味噌を酒とみりんとで溶いたもの(オイスターソースの代用)。
これらを炒めたのですが、
トマトケチャップはフライパンを傾けて煮詰めて使いました。
こんなん出ましたけど~!(泉アツノさんより)。
メガネくもっちゃった!(月の家圓鏡(当時)より)
ごちそうさまでした。
(※1)小林忠『伊藤若冲の生涯』p.160(別冊太陽 : 日本のこころ 通号227 p.160-165 2015.03 平凡社)
(※2)板倉聖哲『若冲画に関する二三の覚書―イメージの継承と変容』p.ⅰ(東京大学大学院情報学環紀要 情報学研究 89号 p.ⅰ~ⅳ 2015.10 東京大学大学院情報学環)
若冲さん 好き (^-^;~♡
ぜひ いただいてみたいデス(´艸`*)
by ロコときどきキナコ (2024-03-09 21:13)
ロコときどきキナコさん、あたしゃ伊藤若冲のことなんて日本史の教科書で学んだくらいで、気にも留めたことがありませんでしたよ。
大事なことはみな、お酒が教えてくれるのだと、いつもそう思います。
by skekhtehuacso (2024-03-10 19:00)